大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ワ)6468号 判決

原告

ソシエテ・デチユーデ・シヤンテイフイツク・エ・アンデユストリエル・ドウ・リルードウーフランス

右代表者

ジエラール・ビユルトー

右訴訟代理人弁護士

柳井恒夫

外四名

右輔佐人弁理士

串岡八郎

被告

株式会社バイロン・ケミカル・カンパニー

右代表者

永井稲男

被告

森下製薬株式会社

右代表者

森下日出雄

右両名訴訟代理人弁護士

石黒淳平

外四名

主文

一  被告株式会社バイロン・ケミカル・カンパニーは、別紙第二目録記載の方法によつて製造した別紙第一目録記載の物品を輸入し、販売してはならない。

二  被告森下製薬株式会社は、別紙第二目録記載の方法によつて製造した別紙第一目録記載の物品を製剤し、該製剤品を販売してはならない。

三  被告らは、その所有に係る別紙第二目録記載の方法によつて製造した別紙第一目録記載の物品を、被告森下製薬株式会社は、その所有に係る前頃の製剤品をそれぞれ廃棄せよ。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

六  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈略〉

第二  請求原因

(第一次請求)

一、原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)の特許権者である。

発明の名称 2―アルコキシ―4―アミノ―5―クロロ―N―(第三アミノアルキル)ベンツアミドの製造法

出願日 昭和四〇年八月三一日(特許願昭和四〇―五二八一四号)(但し、出願日昭和三七年六月二一日、特許願昭三七―二五四六五号の分割出願)

優先権主張 一九六一年七月二五日フランス国出願

公告日 昭和四一年一月二八日(特許出願公告昭四一―九七〇号)

登録日 昭和四一年七月二六日

特許番号 第四七七九九三号

特許請求の範囲の記載

一般式

(式中Aはアルキル基、Yはアシル基、Wはアルキレン基、R1およびR2は同一または異なる低級アルキル基を示す)で示される2―アルコキシ―4―アシルアミノ―5―クロロ―N―(第3アミノアルキル)ベンツアミドを加水分解して

一般式

(式中A、W、R1およびR2は前と同じ意味)で示される2―アルコキシ―4―アミノ―5―クロロ―N―(第3アミノアルキル)ベンツアミドを得ることを特徴とする2―アルコキシ―4―アミノ―5―クロロ―N―(第3アミノアルキル)ベンツアミドの製造法。(別添特許出願公告昭四一―九七〇号公報参照)、

二、本件特許発明の目的物質中Aとしてアルキル基(―CnH2n+1)のうちからメチル基(―CH3)を、Wとしてアルキレン基(―CnH2n―)のうちからエチレン基(―CH2・CH2―)を、R1及びR2として共にエチル基(―C2H5)を選ぶと、次の構造式を有する物質が得られる。

右の物質は、化学名をN―(2―ジエチルアミノエチル)―2―メトキシ―4―アミノ―5―クロロベンツアミドといい、該物質及びその塩酸塩(一般名 メトクロプラミド)は、消化器疾患に用いられる薬剤として、従来の薬剤とは薬理学的にも治療学的にも全く異なつた作用を営み、消化器機能をつかさどる脳幹部に選択的に作用して、消化器の機能的反応ないしは運動異常を改善し、消化器の機能異常を治療するに好適な新規な薬剤である。

三、被告バイロン・ケミカル・カンパニー(以下「被告バイロン」という。)は、昭和四七年初めころから業として別紙第一目録記載の物品(メトクロプラミドの原末)を輸入し、これを被告森下製薬株式会社(以下「被告森下」という。)に販売し、被告森下は、業として右物質を製剤のうえ、昭和四七年四月一〇日ころから「モリペラン」錠という商品名のもとに消化器機能異常調整剤として市販し、現在に至つている。〈中略〉

(予備的請求)

一、仮に、被告らの実施方法が、被告らが主張するいわゆるデルマー法によるものであり、またデルマー法が本件特許発明の技術的範囲に属しないことが立証されたとしても、被告らの行為は以下述べるとおりの理由により次項の原告の権利を侵害するので、原告は、次のとおり予備的請求をするものである。

二、訴外藤沢薬品工業株式会社は、次の発明について特許出願をし、特許法第五二条の権利(以下「本件仮保護の権利」といい、その発明を「本件発明」という。)を有しているところ、原告は昭和四八年一月一六日本件発明の特許を受ける権利について共有権を取得し、特許法第三四条第四項の規定に基づき同年七月一九日特許庁長官に対しその旨の届出を行つた(甲第一八号証)。

発明の名称 2―置換―4―アミノ―5―ハロベンズアミド誘導体の製造法

出願日 昭和四〇年四月八日(特許願昭四〇―二〇七三四号)

公告日 昭和四七年七月二九日(特許出願公告昭四七―二八七七四号)

特許請求の範囲の記載

一般式

(式中Rはエステル化されたカルボキシ基、Xはハロゲン、Yはアルキル基をそれぞれ意味する)で示される2―置換―4―アミノ―5―ハロ安息香酸エステルに

一般式

H2N―Z

(式中Zは第3級アミノアルキル基を意味する)で示されるアミン類を作用させて

一般式

(式中X、YおよびZは前と同じ意味)で示される2―置換―4―アミノ―5―ハロベンズアミド誘導体を得ることを特徴とする2―置換―4―アミノ―5―ハロベンズアミド誘導体の製造法。(別添特許出願公告昭四七―二八七七四号公報参照)〈中略〉

第三  被告らの答弁及び主張

(第一次請求)

一、請求原因一の項ないし三の項は認める。

二、同四の項ないし六の項は争う。

三、本件特許発明の目的物質であるメトクロプラミドについて特許法第一〇四条の適用は認められない。すなわち、本件特許発明についての優先権主張も、分割出願による出願日遡及の利益も認められないから、特許法第一〇四条の適用に際し、同法にいう特許出願前とは、本件特許発明については原告が日本国に出願した昭和四〇年八月三一日以前と解されるところ、同日以前にメトクロプラミドは日本国内において公然知られていたものであるからである。その理由は、以下述べるとおりである。〈中略〉

八、被告らが輸入し、製剤し、販売しているメトクロプラミドは、カナダ国所在のデルマー・ケミカルズ・リミテツド(以下「デルマー社」という。)の製造販売に係るものであり、その製造方法(以下「デルマー法」という。)は次の六工程からなるものである。デルマー社は右製法につきカナダ国において一九七一年九月二八日特許を取得し(特許第八八二一五八号)、わが国においても昭和四五年五月一四日特許出願し、昭和四九年九月三〇日出願公告決定がされ、同決定謄本は同年一一月五日デルマー社に送達された。従つて、デルマー社は特許法第五二条第一項に基づき本件発明を実施する権利を専有し、被告らの行為は右権利の実施行為である。〈以下略〉

理由

第一第一次請求について

一  原告が本件特許権の特許権者であること、本件特許発明の特許請求の範囲が第一次請求の請求原因一の項記載のとおりであること、本件特許発明の目的物質である2―アルコキシ―4―アミノ―5―クロロ―N―(第三アミノアルキル)ベンツアミドの中に、N―(2―ジエチルアミノエチル)―2―メトキシ―4―アミノ―5―クロロベンツアミド(一般名メトクロプラミド)が含まれること、及び、被告バイロンが昭和四七年初めころから業として別紙第一目録記載の物質、すなわちメトクロプラミドの原末を輸入し、これを被告森下に販売し、被告森下が業としてこれを製剤のうえ同年四月一〇日ころから「モリペラン」錠という商品名のもとに消化器機能異常調整剤として市販し、現在に至つていることは当事者間に争いがない。

二成立について争いがない乙第九号証の一、二によれば、被告らの実施に係る方法は被告ら主張のとおりの方法(デルマー法。第一次請求に対する被告らの答弁及び主張の八の項記載の方法。)であることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、デルマー法中、本件特許発明に対応する工程は、その第五工程であると認められるところ、デルマー法第五工程は、別紙第二目録記載のとおり、2―メトキシ―4―フタルイミド―5―クロロ安息香酸メチルエステル

に、N、N―ジエチルエチレンジアミンを反応させて、N―(2―ジエチルアミノエチル)―2―メトキシ―4―アミノ―5―クロロベンツアミド

を製造する方法であり、右反応によれば、N・N―ジエチルエチレンジアミンは、出発物質である2―メトキシ―4―フタルイミド―5―クロロ安息香酸メチルエステルの一位及び四位の基とそれぞれ反応しており、従つて第五工程中には二つの反応が起つていることになる。ところで、右二つの反応のうち反応し易い方が先行するものとすれば、(1)一位の基がまず反応し、次いで四位の基が反応するか、あるいは、(2)四位の基がまず反応し、次いで一位の基が反応するかのいずれかであるが、成立について争いがない甲第二〇号証によれば、デルマー法第五工程は二段階の反応を含み、それが右(2)の順序で反応していること、すなわち第五工程の反応において、N―(2―ジエチルアミノエチル)―2―メトキシ―4―フタルイミド―5―クロロベンツアミドは検出されず、2―メトキシ―4―アミノ―5―クロロ安息香酸メチルエステルが検出されていることからみて、右(1)の順序の反応は生起せず、

の反応のみが生起していることが認められる。

そうすると、デルマー法第五工程における出発物質を、本件特許発明における出発物質と対比する点で、2―メトキシ―4―フタルイミド―5―クロロ安息香酸メチルエステルと見るにせよ、あるいは、2―メトキシ―4―アミノ―5―クロロ安息香酸メチルエステルと見るにせよいずれにしてもその一位の基はメトキシカルボニル基であつて、それは本件特許発明の出発物質における一位の基(Wはアルキレン基、R1及びR2は同一又は異なる低級アルキル基)の中には含まれないことが明らかである。

以上のとおりであるから、デルマー法は本件特許発明の技術的範囲に属しないものである。

三右に説明したように、当裁判所は、被告バイロンがそれを輸入し、被告森下が製剤するメトクロプラミドはデルマー法によつて製造されたものであると認定し、デルマー法は本件特許発明の技術的範囲に属しないものと認めたわけであるから、本件特許発明について特許法第一〇四条の推定がされ得るかどうかをめぐる争点については特に判断することを要しない。

四以上のとおりであるから、原告の第一次請求はその余の点についての判断をするまでもなく、これを失当として棄却すべきものである。

第二予備的請求について

一訴外藤沢薬品工業株式会社が本件発明について特許出願をし、現に特許法第五二条の権利を有することは当事者間に争いがないところ、成立について争いがない甲第一八号証によれば、原告は右訴外会社から昭和四八年一月一六日本件発明についての特許を受ける権利の一部を譲受けてその共有権を取得し、その旨同年七月一九日特許庁長官に届出を行つたことが認められ(他に右認定を覆すに足りる証拠はない。)、右事実によれば、原告は本件発明について特許発明について特許法第五二条の権利(本件仮保護の権利)を有するものというべきである。

二本件発明の特許請求の範囲の記載が予備的請求の請求原因二項のとおりであることは当事者間に争いがなく、また被告らの輸入し、製剤し販売するメトクロプラミドの製造方法がデルマー法であることは第一次請求についてした前認定のとおりである。

三そこで、本件発明とデルマー法とを対比する。

(一)  本件発明の特許請求の範囲中、一般式で示されている出発物質、反応剤及び目的物質のそれぞれについてRにメトキシカルボニル基、Xにクロロ、Yにメチル基、ZにN、Z―ジエチルアミノエチル基を選ぶと、次の反応、すなわち2―メトキシ―4―アミノ―5―クロロ安息香酸メチルエステルを出発物質とし、これにN、N―ジエチルエチレンジアミンを反応させて、N―(2―ジエチルアミノエチル)―2―メトキシ―4―アミノ―5―クロロベンツアミドを得る反応が起る(この点は、当事者間に争いがない。)。

(二)ところで、デルマー法の第五工程では、

なる反応が起つていることは前説明のとおりである。

右事実によれば、デルマー法第五工程中後段の反応は本件発明における反応中に包含されることが明瞭である。そうすると、デルマー法により生産したメトクロプラミドを輸入販売し、またはこれを製剤し、該製剤品を販売する行為は、結局本件発明を実施する行為に該当し、本件仮保護の権利を侵害するものというべきである。

被告らは、デルマー法第五工程において前記反応が生起するものであるとしても、デルマー法の実際は、その出発物質とN、N―ジエチルエチレンジアミンとを一旦反応釜に仕込むと、後は加熱還流するだけの単一の操作であるから、これを本件発明と同一の反応とそれ以外の反応とに区別することは不可能であるうえ、デルマー法における本件発明の出発物質と同一の物質は、単体として存在せず単離しえないもので、前段の反応で一旦生じても再び次の反応で消失してしまうものであつて、出発物質としても、また目的物質としても独立して有用性のない物質であるのに対し、本件発明では特許請求の範囲に記載されたもの以外の物質は全く反応に関与していないから、両者は技術的手段を異にすると主張する。しかしながら、本件発明は、その特許請求の範囲の記載のとおり、2―置換―4―アミノ―5―ハロ安息香酸エステルにアミン類を作用させて2―置換―4―アミノ―5―ハロベンズアミド誘導体を得ることから成るものであつて、出発物質が単離されるものであることを要件とするものではないし、他に単離されるものに限定すべきことを認めるべき証拠もない(かえつて、前掲甲第二〇号証によれば、デルマー法第五工程中の本件発明の出発物質と同一の物質は単離され得ることが認められる。)。

この点について、被告らは、昭和三九年一一月二〇日特許のベルギー特許第六四八一六四号明細書記載のE工程を実験してみると、そこで生起する二つの反応のうちの後の反応が本件発明の反応と全く同一の反応であり、これが先行技術として存するのであるから、本件発明は、右ベルギー特許の方法では得られない方法、つまりN、N―ジエチルエチレンの不存在下において、2―メトキシ―4―アミノ―5―クロロ安息香酸メチルエステルを単離し、これを出発物質としてアミド化するのみで目的物質を得ることに限られるとの趣旨の主張をする。しかしながら、成立に争いがない乙第二五号証によれば、右ベルギー特許明細書に記載されているE工程及び下工程は、

(Aは水素又はアルキル基あるいはのような基、R1、R2、R3、R4はいずれも低級アルキル基)という反応であつて、本件発明と同一の反応の記載は存しない。ベルギー特許明細書記載のE工程を実験してみると、実際には右反応式のとおりの反応が生起せず、本件発明と同一の反応が生起するとしても、それはベルギー特許明細書の記載とは係りのないことであつて、右明細書の記載から本件発明を制限的に解することはできない。被告らの主張は理由がない。

四以上のとおりであるから、原告の、被告バイロンに対し別紙第二目録記載の方法により製造された同第一目録記載の物品を輸入し、販売する行為、被告森下に対し右物品を製剤し、該製剤品を販売する行為の各差止め、及び、被告らに対しその所有に係る別紙第一目録記載の物品、被告森下に対しその所有に係る右物品の製剤品の各廃棄を求める予備的請求は理由があるので、これを認容すべきである。

第三よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(高林克巳 清永利亮 小酒禮)

第一、第二目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例